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そろそろ秋めきも深まってきて、
窓を開ければなかなかに冴えた気配の満ちた、
じきに訪のう、木々の色づきを予感させよう、清かな朝を満喫しつつ。
出汁巻き玉子に、温め直したお味噌汁、
昨夜の残りのゴボウと牛肉のしぐれ煮に、味付け海苔とキュウリのお新香。
デザートには梨のコンポートにキウイを添えてという朝食をのんびりと食べてから、
「さて。」
援軍召喚にと太宰が用意したのは、
自身の携帯と 芥川が普段使っている携帯端末で。
それを使ってとある呪文を繰り出せば あら不思議、
「君ってば、何度やっても引っ掛かるよね。」
「〜〜〜〜〜〜っ 」
自分の携帯からの入電はどれほど番号を変えても着信拒否をしまくられるため、
太宰が已むなく執った窮余の策というのが、
芥川に自身の携帯から掛けさせ、咳き込みつつ自宅へ呼び出させるという手で。
言わずもがな 見え透いた茶番であり、
いつぞやも自分が掛けた直後に、
その時は敦の携帯から掛け直して呼び出したという搦め手を使ったの、
もう忘れてしまったものか、(『罪なほどに甘い』参照 )
『芥川っ!』
喘息の重い発作で過呼吸でも起こしちゃあいないか、
誰もいない自宅で 対処に困って
藁にも縋るような想いで連絡してきたんじゃないかと。
兄属性がドドンと刺激されて案じたそのまま、
取るものもとりあえず翔けって来たらしい、
小柄な、されど義理堅くて頼もしい、帽子に黒衣の弾丸幹部様。
エントランスロックは合鍵で無難に通過し、
フラットのドアはセーフティーバーを剛力でもって吹っ飛ばして通過して。
飛び込むように駆け参じたリビングで、自分を待ち受けていた顔ぶれを見て…
緊迫したご面相のまま、その場であっさりと凍り付くのは もはやお約束。
『………え? 太宰?』
『物凄い早さだったね、今日は非番?
にしてはそのカッコだけど、出勤直前だったとか?』
自分が騙くらかしておきながら “学習しないねぇ”なぞと笑い飛ばす辺り、
元歴代最年少幹部の性悪さも相変わらずで。
それは静かで落ち着いたリビングという情景を前に、中也の背条をじわじわと這い上って来る感慨は、
またしても一杯食わされたらしいという痛々しい現実把握であり。
「大体、芥川くんは今やポートマフィアで遊撃隊を預かる身だよ?
武闘派筆頭、しかもトップである首魁直属ということは、
いきなりグレードの高い難敵への掃討に送り出されもする立場だってのに、
そこまで過保護に構えるなんて、却って失礼なんじゃあないのかな?」
「るっせぇなっ 」
謀られたのは事実なだけに返す言葉もないけれど、
むかっ腹が立ってのこと、
反射的に怒号を放った ポートマフィアの五大幹部こと中原中也氏は、
とはいえ、駆け付けたからにはと、最後まで義理を果たすのを忘れない。
してやったりという顔でいる 胸糞悪い元同僚の隣に坐す、
今だって気遣ってやまぬ 元愛し子へ、やや鋭さを落とした視線をやって確認を取る。
「ホントに大丈夫なんだな?
咳が止まらねぇとか、体調がよくないとか…不調はないんだな?」
「大丈夫です、中原さん。」
はきはきと応じた彼へ“そうか”とホッとした中也だったのは判るが、
それほど恐縮してもない芥川だったのが、
これは太宰に “…おや?”と怪訝そうな顔までさせたほど ちと意外な感触だったれど。
のちに訊けば、
『恐縮して及び腰になってしまうと、
実はこっそり無理をしてはないかと却って案じられてしまうのです』
という、理屈というか機微というかが不文律としてあるのだとか。
彼らがさりげなくいたわり合いながら、そおと身を寄せ合ってた4年という歳月は、
長いそれか短いそれかは人にも依ろうから一概には計れぬものの、
それは繊細緻密なものだったらしいことは明らかで。
“出社前だったらしいとはいえ…。”
ご近所だというのは判っていたが
それでもその目安をはるかに超える速さで駆け付けた彼でもあり。
これは、この子にプロポォズした暁には、
森さんはともかく此奴にこそ“龍之介君を下さい”と断らにゃあいかんのかなと。
からかい顔のその陰で、
結構本気で思い知っていた太宰だったというのは、はっきり言って余談であるが。(笑)
「………で。」
此処までの段…というか、前の章で、
あっさり順応しちゃったかのように あんまり触れられていなかったのは、
一応 狼狽えたものの、すぐさま状況への精査と対応への長考に入った太宰であったから。
「それはもしかして、ハロウィンの仮装演目の予行のつもりか?」
芥川の容態が最優先の案件だったか、他へは目が行かなんだらしい中也だったが、
それが落ち着き、じゃあ一体何用で呼んだのかなと問う段となり。
ローテーブルを挟むように坐し、改めてじろりと向き直った相手に、
微妙な不自然さを拾ったのがたった今。
“…先達にはこの程度では違和感とは言えぬのか?”
まさに急襲、彼らへ問答無用で降りかかった惨事というのは、
そのまま身を抉って蝕むような
容赦のない銃撃や毒の散布といった凶悪で痛みを伴う代物ではなかったが、
性別を書き換えられるというのは、実際に起きたらば結構大変な事態だろう。
だというに、
右往左往していても解決にはつながらぬと、あっさり困惑を引っ込めた太宰も太宰だが、
中也のこの何とも淡とした反応も 結構たいがいなそれであり。
日頃から あまり感情の起伏を見せない芥川であれ、
(…そうでもないか、かつては敦くんへ 憤怒の怒号を頻繁に放ってたかな?)
他でもない師匠へ向かって 何奴かと恫喝し、羅生門を放ってしまったほどだったというに。
身長も縮んだし、あちこちふんわりと女性らしく変貌し、
結構 様変わりしているというに、太宰本人に間違いないと接し続けているのはちょっと意外。
戦闘モードではない時は注意力もさほど鋭敏ではない人なのか、それとも、
さすがは命を預け合うまでの“相棒”同士だったから
よって、多少見目が変わったくらい何するものぞと、
そりゃああっさり本人だと嗅ぎ分けられたのだななんて。
お話の妨害にならぬよう、こそりと胸の内にて感動しておれば、
『ああ"? んなもん取り違えるもんかよ。』
これものちに感心したと述べたところ、
ああまで包帯まみれで、しかもああまで凶悪外道なオーラは、
どう取り繕っても隠せるもんじゃねぇからななんて、
何処まで本心か、そんな憎まれを放った中也だったのもお約束だったが、それも今はさておいて。
「もしかして異能か?」
ちらちらと一番顕著な変化をきたしている胸元へ、ついのことだろ視線が向きつつの、
それは手短に、
どう見たって性転換しとらんか?ごっそり、という意らしき言いようを中也が放れば、
「らしいね。
決して信心深い身ではないけれど、
呪いや祟りといった超常現象が突然起きる環境じゃあないよ。」
あっさり応じたそのあと、
「そういった代物の悪さにしては可愛らしくはないかい?」
なんて付け足して肩をすくめた太宰へ、
成程なと片方の眉だけひくりと器用に浮かせ、是と受け入れてしまう中也な辺り。
どういう方面へも万全な 阿吽の呼吸は、今もって継続中ならしい二人であるようで。
「だが、異能となると、
手前がそれに振り回されてんのはおかしくねぇか?」
影響を受けたのも意外なら、それを解けずにいるのも意外。
そしてそれへの対処への助っ人としてだろう自分を呼んだのが、極めつけに意外な流れであり。
どんな隙を突かれたのだと
ひょいと組んだ脚の膝上、肘をついての怪訝そうに眉を寄せたのは、
呆れてしまってというより、
状況を正確に知りたくてという心持ちから訊いている彼だからであろう。
しつこいようだが、異能無効化という、どんな異能にも脅かされないはずの身が、
あっさり、しかもこうまであっけらかんと手玉に取られていようとは。
性別変換も侮れない級で迷惑な異能攻撃だし、
「やろうと思えば今度は暗殺向きのを送り込めるんだよという
宣戦布告という解釈だって出来るよな。」
「……っ。」
芥川がハッとする。
突然異能にもてあそばれた師という現状でもいっぱいいっぱいだったのに、
中也は こんなものは予告にすぎないと断じて次をも見越しておいで。
そして、そうと突き付けられた太宰も同じ“含み”は既に考慮のうちとしていたものか、
それもまたやや細くなった眉一つ動かさず、にいと不敵にその美麗な唇を真横に引いて見せ、
「此処に居るという条件下で仕掛けられたということはだ、
私が標的なのは勿論だが、混乱のうちに引き籠もられては困るということでもあろうよ。」
否定もしなかったその上、そんな言いようを付け足して、
そのまま展開されたのは、彼の推量の辿り着いた結論というものであるらしく。
曰く、
「恐らくのきっと、間違い電話というカモフラージュにて仕掛けられた異能だ。」
「…っ。」
その直前までは男性のままだったという証言もある以上、
早い時間に太宰の携帯端末にかかってきた無言電話こそが
忌々しい異能を送り込んだ魔手だったに違いないと。
液晶に浮かんでた番号は、今にして思えば有り得ないナンバーだったし、
現に折り返しで掛け直しても通じず、
表示されてた番号を照会したが、そのような登録番号はないと通信会社の機械音が答えてくれたと。
いつの間にかそういった傍証も集めていたらしく、太宰は淡々と推論を紡ぎ、
「寝起きでも用心深いと見込まれた私への念のいった策謀で、
ざっと目でなぞった数字の羅列が恐らくは異能無効のトラップ。
そして、何か言葉が聞こえたわけではないが、
高周波か低周波の音声による異能が送られていて、
それを聞いた私はたちまち性別を変えられたという段取りなのだろうね。」
遠隔からでもこうまでの異能を発現できるにもかかわらず、
余程の臆病者なのか、
直接向かい合わずとも仕掛けられるというとんでもない手法を振るったはいいが、
こうまで常識はずれな手法なだけに、それだと効力もまた薄いのだろうとし、
「例えば、せいぜい一日二日くらいしか効果が保てないとかね。」
一体どういう根拠があるものか、太宰はそうと言いきって、
「目撃者がいるからには、異常なことが起きたということを隠しようがない。
そうともなると、今こうして まずはと推量を繰り広げているように、
対策を早急にとろうとすることをこそ、恐らくは期待されている。」
だがだが、問題の電話が掛かって来たのが探偵社に居る時間帯ではないのは、
そうともなると辣腕の顔ぶれによる防御陣を敷かれてしまうからで。
それでは困るらしい辺り、
実働という段階は 小物が手掛けたことだろうというのが太宰の見立てであるらしく。
「小物、ですか?」
ついのこととて、それへと芥川が訊き返せば、
「ああ。
さっきも挙げたように、こんな変則的な仕掛けようなのだから、
威力はささやかなそれだろう。」
どうして一介の探偵ごときを相手にこうまで手の込んだことを構えるのかが一番の謎だと思えるほど、
やってることがどうにも回りくどいと太宰は言う。
「異能無効化というとんでもないものを仕掛けられたのに、
それでもってこじ開けた間隙へ何でもっと恐ろしいものを突っ込まぬ。
何かしら恨みでもあっての急襲ならば、
もっとおどろおどろしいものでそれこそ呪っても良かろうに。」
これは予告ぞ、次はもっと手ごわいのを仕掛けるぞという脅しだとしても、
今そうであるよにそこまでもを看破されてはどうにもならぬ。
うかうかと怪しいものへは触れぬよう、用心を固めようから二度目はなくってよ状態だ。(おいおい)
よって、
「これほど手が込んでいるのに、底は浅いというわけさ。」
相手の手の内をそうとあげつらった太宰はだが、
「こっちもさほど優勢とは言えないかもだがね。」
男性の折も長かった睫毛が、
さらに愁いも増したか、潤みを濃くした印象的な目許に影を落として。
太宰が何を憂いているかといや、
「協力者として募れるのが、キミくらいのものだしねぇ。」
「ああ"?」
いや頼りにしているって、うん。
独りで何人分もの機転と機動とをあてに出来る、素晴らしい人材だ、と。
感慨深そうに包帯の巻かれた腕を組み、うんうんと何度も頷いて見せたものの、
「言いたいこたぁ判ってるさ。」
中也の側から止せ止せと呆れたような吐息をついて、
確かに、異能に通じた顔ぶれがたんと居る環境下とは言えないよなと、
こちらの陣容がさほど頼もしくはないというところを素直に口にする。
「俺らとしては、異能なんて都市伝説じゃねぇかなんて笑い飛ばすことなくの、
現実のものと出来る知識はあっても、
じゃあと専門家の集う本拠に話を持ってけるはずはなし。」
中也の側は、
プライベートな話ゆえ、本拠に持ち込むのはお門違いだろうよと、
そんな順番で助けは借りられぬと感じたらしく。しかも、
「それに、お前の行動はきっちり調査済みらしいじゃねぇか。」
自宅に居ない、且つ、探偵社へ出勤していない、
そんな条件が揃っている絶妙のタイミングへ、入電という格好での働きかけをしてきたわけで。
監視されていたか、それとも室内に盗聴器でも設置されてあるか。
「こいつがそういう代物に麻痺してんのは間違いなく手前の影響だからな。」
視線を飛ばして芥川を差し、中也がそんな風に指摘したのは、
太宰の悪戯が過ぎてのことだぞという揶揄で。
「うん。反省するよ。」
今更いいお返事をされてもねぇ。(苦笑)
とはいえ
「ここに雪隠詰めにされて、
現状把握が困難だろなんて恰好で、舐められてるつもりはないけどね。」
弱点は弱点だとあくまでも把握していると挙げただけならしく、
細い顎を支えていた嫋やかな手をついと伸ばすと、
テーブルの上に置いていた携帯端末の液晶部分、細くなった爪の先でトトンとつつき、
「とりあえず中也は、
こういう異能を生かして小遣い稼ぎしてそうな業者か事務所、サイトをふるいにかけて。」
「おいおい、そんな小物を追うというのか?」
「ああ。馬鹿にしたもんじゃあないよ、組合わせによっちゃあね。」
「組み合わせ?」
「うん。別な依頼への調査で掠めたネタなんだけど…。」
太宰が口にしたのは、
確かにそれ自体では何の足しにもならなさそうな、
JKのネット遊びの延長技のような異能だったが、
「それをあくまでも媒体とみなして、
例えば暗殺向きな異能を書き換えたら?
諜報向きな異能をこそりと入電先へ侵入させられたら?」
今回なんて、滅多にいなかろう“異能無効化”とのコラボだ。
太宰以外にまったくいないわけじゃあないが、それでも“治療”系に並ぶほど希少だろから、
もしかして結構大口の組織が絡んでいるのやもしれず。
そんな恐れを中也も察したか、成程なぁと感慨深げな顔になる。
「ま、聞いたところじゃあ、
大元の異能をまずはその身に受けにゃあならないので、
あんまり強力なものをそのままは受け付けられないらしくてね。
威力が半減したり、効果の持続が以下同文らしくって。」
「ほほお。」
それを思い出したからこそ、
そ奴らの仕業なら
さして狼狽えずとも時間が来れば戻れるかと安堵しもした太宰なのだろう。
小物だからこそ今のところは自在に動けているのだろけど、
使いように目を付けられて、良からぬ手合いに雁字搦めにされて仕舞っては不味い。
今は目立たずいられても、その程度の異能で上手に立ち回れるとは思えないしね。
「だな。ウチの首領も欲しがりそうな手合いだ。」
くくっと笑って食指が動くぜとほのめかすも、
「それは勘弁。
実はもう、異能特務課へも声だけは掛けてあるから。どっちが速いか競争だ。」
しゃあしゃあとそんなことまで言いだしたのへは、
「……っ☆」
「手前はよ〜〜〜 」
芥川も仰天し、中也の方はややお怒りモード。
きっと先の依頼とやらで拾ったその時に、既にそんな根回しをしてあったのだろて。
無論、向こうは人手が足りなかろうし、もっと確証がなければ腰は上げまいから、
当事者を捕まえるのはこっちが速かろう。ただ、
“そんな変わった異能を持つ者がいて、
この太宰がアンテナ立てたという事実がタグとして付くわけだから、
何か起きたら異能特務課が即刻網を掛ける存在になりもするってことだ。”
目立ってない今からそんな肩書付きとなるような駒、面倒だから傘下に引き入れやしないでしょ?と、
聡明な人はそんな愚かな選択しないよねと、皮肉たっぷりに言ってるこ奴なわけで。
「〜〜〜〜、ったくよ 」
忌々しいがそれではこちらからは手が出せねぇなと、
そこもまた、この…今はキュートな風貌と化しておいでの
包帯策士殿の思惑通りに運びそうだと、舌打ちしかねぬ不機嫌そうな態度でもって告げてやる。
男の姿でつけつけ言われるのも腹立たしいが、そちらには嬉しかないながら慣れもある。
楽しげに目許を細め、愛嬌とも微妙に色合いの異なる気色の微笑を含んだ口許も妖冶に、
いかにも妖麗、婀娜な笑みを浮かべた太宰嬢なのへ、
はぁあといかにもな溜息をついて見せ、
「そいつは判ったから、手前は行くとこがあんだろよ。」
わざわざ口にしてやれば、
だが本気で通じちゃいないのか、キョトンと双眸を見開くところは無邪気なそれで。
「? 何処へだい?」
「真面な着るものを揃えて来いって言ってんだよ。」
「やだなぁ、今更私へたじろいでるのかい?中也。」
ヤダ受けるぅと、妙に女性っぽく しなを作った太宰だが、
たちまちこめかみへ血管を浮かせた中也ががなり返し、
「目障りだってんだよっ、その無駄にでかい胸とかがなっ 」
「ひっどぉい。」
「てめぇ〜〜〜っ!」
別にはしたないと怒っているわけでもなけりゃあ、ましてや女性蔑視な発言でもなくの、
女性としての身をもちっと配慮してろと言いたい中也だと
百も承知の、相変わらずに性の悪い太宰なのであり。
“紅葉の姐さんに育てられた中也だから、蔑視なんてのが出てくるはずはないよねぇ。”
相手によっては待遇を低められることへ、同情はしても自らそうと持ってく下衆な男じゃあない。
太宰の得意なレディファーストとも微妙に違う、強さを持つ身なればこそ自然と滲み出す優しさであり、
こんな場合ながら、こん畜生めカッコいいじゃないかと内心にて囃し立てつつ、
「でもねぇ。私、こんな悪戯を仕掛けられちゃう標的本人なのだけど。」
「本人が行かにゃあ揃えられなかろうよ。」
「ついて来てくれないの? ボディガード。」
「ああ? 路上で相も変らぬ罵り合いして目立ちたいかよ?」
「……☆」
おおう、自覚はあったのかと、
今度は芥川が 中也の云いようへついつい刮目したのは無理もない。
いつもいつも、そうやって無意味に沸いては人目を集め、
同坐することの多い自分や人虎がどれほど困惑させられていることか。
「ま、ここからぞろぞろ出てくのはよくないか。」
判りましたと、太宰もそこは案外あっさり引いて、
「護衛は自分で外注します。」
「ぅおいっ。」
いいじゃないよ。私、一日一回はあの子の顔見ないと落ち着けないし、なんて。
そんな惚気まがいなことをいい、ちらりと見やった芥川に“てへ♪”と笑って見せたのは、
冗談だよ君が一等だからねという言い訳だろうか。
どこかへメールを打ってから、さてと立ち上がるとハンガーにかけて壁に釣ってあったコートを手に取ったが、
「一応は着替えねぇのかよ。」
中也の指摘は、彼女のいでたちがパジャマもどきの軽装だったから。
冗談抜きに、起きたそのままのTシャツにイージーパンツ、
大きめのオーバーシャツという格好のままだった太宰嬢は、だが、
「このままでいいさ。」
澄ましたお顔で言い放つ。
だって、一回り縮んだとはいえ、芥川くんの服はやっぱり細身すぎるし、
自分の服だと胸以外はあちこち余る。
ボトムなんて体型がまるっと違うので、
ウエストをどう締めてもすとんと落ちそうだ。
「上からコートを羽織ってきゃあ何とかなるよ。」
「店で通報されんなよ?」
長財布片手に出かかった身へ、中也がそんな一言放り投げ、
ひっどぉ〜いと言い返した太宰は、そのまま颯爽と玄関へ向かってしまい。
あれよあれよというテキパキした処しように置いてけぼりにされ、
ドアが閉まる音を聞きつつ、
「あ…。」
誰を呼んだかを聞きそびれたまま、
だがまあ、この流れだと大体の予想はついて。
ふうと吐息をついた芥川は、
結局 先達二人のやり取りにただただに翻弄されるままだったような気がしてならず。
当事者であるというに、気が付きゃいつもと同様、
場を掻き回すトラブルメイカーとして大車輪だった太宰であったこと、
ただただ感心するばかり。
そんな弟子くんへ、
「少しでも慌ててたのか? あいつ。」
中也が実に素朴な問いかけをする。
あのままでは何かと困ろうし、異能無効化込みの働きかけだという辺り、
間違いなく彼を名指しで何者かの手が伸びたのは事実。
そんな不気味な現状の打破にと動いている自分たちなのは違いないが、
当事者がああまで溌剌していると、
悲壮でも困るが ああならああで ふと考えこみたくもなるというもので。
「そのようだと判明した当初は、何が何やらと至極動揺なさってて。」
「そっかぁ。どうせならそこをこそ見たかったなぁ。」
はははと乾いた笑いようをし、先程太宰が言い置いてった まずはの目星、
候補者数名の名や異能などを上着の内ポケットから取り出した手帳へ記し始める彼で。
ことが次の段階に動き出そうとしているのを見、芥川も立ち上がると、
「珈琲でも淹れましょう。」
「ああ、頼む。」
自身の気分転換も兼ね、すたすたとした足取りでキッチンへ足を運ぶ。
どちらかといや日本茶党な彼は、紙フィルターで越すドリップ式の用具しか揃えてはなかったが、
それでもそれこそ太宰の下で言われるままに手掛けて来た習いもあってのこと、結構上手に淹れられる方。
細口の薬缶に水を張り、コンロへ掛けると、
マグカップと陶器のドリッパー、紙フィルターに中細挽きの珈琲粉などを用意する。
湯が沸くまでの僅かな時間、ふと思い起こすのはこのドタバタが起きる前の目覚めのひとときで、
“確かに目覚めるまではいつもの彼の人だったのにな。”
一つの寝床に休むのはいつものこと。
太宰の家では2組の布団を敷くのだが、
気がつけばこちらへ潜り込んでいなさって、
掛け布団が合わさって重なっている辺りでくっ付いた状態で目が覚めるのが常套だし、
こちらの家でも最初は自分がリビングのソファーで休むと言い張ったのだが、
するとやはり夜中なぞに目覚めれば、そのソファーの傍らにうずくまっていなさるのを見つける始末で、
ああこれは人恋しい性質の人なのかもしれぬと、
(…そこの人、大きくこけましたね?)
そうと思いが至った黒の青年。
存外可愛らしいところがある師匠だ…とはさすがに思わなんだが、
若かりし頃から孤高の人だったのだ、
所謂パーソナルスペース、他者との車間距離の取り方が判らぬか、
それでも不肖の弟子を不安がらせぬよう頑張っていなさるのだろうと、
微妙に斜めに感動し、そのまま したいようにさせているのだが。
“…もしかして。”
またも置き去られるのではないかと自分が怖がらないように、
言い聞かせるというのじゃあなく、傍にいるよと接してくれている彼なのだろうか。
そんな風に脈絡なく思いつき、
ついさっき、中也へと
今やポートマフィアで遊撃隊を預かる身、
そんな存在への過保護は、却って失礼なんじゃあないのかな?なんて言った人なのになぁと。
言動不一致もいいところだが、天才肌の人の思うところはやっぱりよく判らないやなんて、
S字に曲がった薬缶の細い口から勢いよく蒸気が噴き出したのを見やりつつ、
そんな他愛ないこと、思い浸っていたのであった。
to be continued. (17.10.08.〜)
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*やつがれくんの中也さんへの呼称が定まりません。
ご本人はきっと 再三再四、中也でいいと言ってそうですが、
部下の手前とかあるので、
よほど身内ばかりの場でしかそうは呼んでないんじゃないかなとも思うわけで。
太宰さんはいまだに苗字呼びですのにと思うと、そことのバランスも、ねぇ?
それはともかく、またまた理屈まるけになっててすいません。
せっかくの“女体化”という旨味を生かせてません。
色香あふれるジューシィなギャグって難しい…。

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